かつて、さだまさしと友人による「グレープ」と言う名のフォークデュオグループが歌ってヒットした「精霊流し」は、長崎市や長崎県内で行われている伝統行事です。その後小説や、ドラマ・映画にもなりましたね。
毎年、8月15日に行われる「精霊流し」は、お盆の前に亡くなった方の遺族が、故人の霊を弔うため、手作りの船を造り、その船をひきながら街中を練り歩いて、極楽浄土へ送り出すという長崎の伝統行事です。
その割には、そもそもなぜこのような風習が生まれたのか知らない方が多いように思います。そのような方々のために、今回は歴史的背景や、精霊流しが持つ意味を調べてみました。一緒に見ていきましょう。
長崎の【精霊流し】の歴史
精霊流しが、いつ頃から始まったのかについては諸説あるようです。ここでは、代表的な3例をご紹介しますね。
寛政時代の記録
説の一つは、寛政時代の記録に残された文面から「昔は聖霊(精霊を聖霊と書いていました)を流すに船をつくるということもなく」と書かれています。
そして、享保(1716年~1735年ごろ)、中島聖堂の学頭をしていた「ろうそうせつ」と言う儒学者が、市民が精霊物を菰(こも・むしろ)に包んで流しているのを見て、これではあまりにも失礼だと言って、藁(わら)で小舟を作って、これにのせて流したという記録があります。
この記録から、菰(こも)に包んで流していた精霊物を、藁(わら)で小舟を作って流すようになったという説がまずあります。
長崎名称絵図
「長崎名称絵図」という本には、享保のころ、物好きな男が小舟を作って供え物を積んで流したと書かれ、一般庶民が始めたとも言われています。
変わったことを始める人はいつの世もいるということですね。もしかするとこんな些細な出来事が、時代を超えて今に引き継がれているのかもしれません。
何がきっかけになるのかなんて、ホントにひょんなことだったりしますよね。
長崎市史の風俗編
「長崎市史」の風俗編には、弘誓(ぐぜい)の船から思いついたものであろうと言う、古賀十二郎の説が載っています。
弘誓(ぐぜい)とは、仏陀(ブッダ)が衆生(しゅじょう)を救おうとする大きい誓願です。仏陀の弘誓によって衆生が生死苦悩のこの岸から、涅槃(ねはん)の彼岸へ渡るのを、弘誓と言う船に乗せて渡らせるのに例えて、精霊船が発生したのだろうと古賀十二郎は考えました。
どの説もホントにありそうな説ですね。
【精霊流し】の意味と由来
お盆に行われる「精霊流し」や「灯籠流し」は、今や全国に知られた盂蘭盆会の伝統行事です。「精霊流し」は長崎、「灯籠流し」は広島県が有名です。どちらも、精霊を供養する気持ちを込めておこなわれる、夏の風物詩です。
精霊流しは送り火
精霊流しは、「送り火」の一つなのです。「送り火」はお盆行事の一つで、お盆で帰宅した死者の霊を、あの世へ送り出すために焚く、道しるべの火のこと、あるいは火をたくことそのものを指します。
花火も送り火
ここで一つ豆知識です。夏のイベントとして定着している「花火」は、もともとは送り火の行事であったとされています。
花火も「送り火」なのだと思って見ると、また全然違ったもののように見えてくるので不思議ですね。
精霊流しと灯籠流しは行事
お盆に行われるのは、全国的にみると、「灯籠流し」で、長崎だけ他の地域と少し異なって、「精霊流し」と名を変えたと考えられます。
そしてこれらは本来、「お祭り」ではなく「行事」なのです。しかし、最近は、観光客誘致のためにイベントとしておこなっているところがあります。
どちらとも、夜の川や海をゆらゆら揺れる灯が埋め尽くして、幻想的な美しさを醸し出しています。是非一度訪れてみてください。
精霊流しと精霊船
「精霊流し」は、初盆を迎えた故人の家族が、提灯や造花で飾った「精霊船」と言う船に故人の霊を乗せて、「流し場」と呼ばれる終着点まで運びます。
そして、毎年8月15日の夕方、爆竹や鉦の音、掛け声が賑やかに打ち鳴らされる中で行われます。精霊船は華美なもので、見物客が集まるので祭りだと誤解されがちですが、これは、故人を供養する仏教行事です。
爆竹は魔除け
爆竹が精霊流しで使われるようになったのは、中国の彩船流しの影響だとされる説があります。
流し場までの道中でならされる爆竹は、この説によれば、「魔除け」の意味があり、精霊船が通る道を清めるためのものだと言われてきました。
しかし近年、その意味が薄れつつあります。とにかく派手にしよう、という気風が強まって、危険な行為が問題視されるようになりました。目立てばなんでもあり、などと考えずに、あくまでも故人を供養するのだと言う気持ちを大切にしたいものです。
動画は精霊流しの様子がよくわかるものを用意しました。
精霊流し まとめ
ここまで見てきましたが、長崎市で行われている「精霊流し」は、さだまさしがつくった名曲「精霊流し」から受けるイメージとは大分違うようですね。
ですが長崎の地に根を下ろした伝統行事には違いないので、喧騒の中で送られる御霊を、その場で多くの方々と共に見送るのも、また新しいお祀りの仕方なのかも知れませんね。
亡き人を偲ぶ、大切な行事の一つとなることでしょう。
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